おとぎみち

たまにマジメなおとぎブログ

緊張を理由に許すのであれば条件があります

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断っておきますが、怒りの駄文です。

先日結婚式をあげました。
式場を決めて、プランナーと打合せをして、結婚式当日まで本当に大変でした。
こんなに決めることがあるのかと何度もため息をついてしまいました。
そんな苦労話は別として、言いたいことはタイトルの通りです。

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結婚式で起きた事件

事件というほどの事件ではありません。よくある光景です。
結婚式のラスト、新郎父と新郎それぞれのスピーチがありました。
つまり、私の父と私のスピーチ。

 

父が両家を代表するスピーチを盛大にトチりました。
それはそれは盛大にトチりました。

 

マイクの前に立つや、ぼそぼそと挨拶を始めたかと思うと、次の言葉がまったくでてこなかったのです。
少し後ろに立っている母が小声で次の言葉を伝え、少しずつ少しずつスピーチを進めていきました。

 

そのスピーチのなんと長かったことか。隣で聞いている息子、つまりは私にとって、その体感時間はすさまじいものでした。あれだけ練習をしておけと伝えていたにも関わらず、何十人もの前で盛大にやらかしてくれました。

 

母はきっと、ささやきオカンとして語り継がれることでしょう。

 

父への不信

父は、ずっと自営業をしてきた人間です。会社という組織に属したことはなく、それゆえに社会的な関門にさらされてこなかった人間でした。

 

人前で話をしたり、怒りを抑えて頭をさげたり、そういった社会人として通常は通るであろう道を避けてきた人間です。
息子である私は、父がスピーチを得意としない、むしろ超絶苦手であることは重々承知していました。
だからこそ、結婚式をあげると決まったときから、母を通じて、練習するように促していたのです。
だって新郎父が謝辞を述べない結婚式などないでしょう?

 

私の怒り

私はもちろん、父がスピーチを満足にできないことを予想していました。

 

だとしても、あのザマはない。
緊張して、次の言葉がなかなかでてこない。それは充分理解できます。私だって経験があります。でも、一文目から一切話せないなんて、怠慢以外のなにものでもありません。

 

私が最も危惧していたのは、新婦のお父さんのことでした。義父ですね。
義父は大手企業で営業職をしていた経歴を持ちます。人前で話すことも多かったでしょう。私はそんな義父に、結婚を認めたことを後悔させないために、自分なりに頑張ってきたつもりでした。
ましてや結婚式という、親戚、友人一同にお披露目する場です。義父に恥をかかせてはいけない。義父に認めてもらわなければならない。そういう気負いが新郎としてありました。
両家の意向を聞き、少しでもゲストに楽しんでもらえるよう色々と演出をしたつもりでした。

 

そんな大事な式で、父はやらかしたのです。

 

こんなことなら自分が謝辞を担当すればよかった。そう義父に思われてしまえば、すべてが台無しではありませんか。
父のスピーチの間、私は顔から火がでる思いでした。すべてが水泡に帰したのです。

 

予想外の周りの反応

結婚式終了後、諸々の事情で二次会の予定はありませんでした。

 

それでも、会社関係の方々から、ムリでなければと飲み屋に誘われました。結婚式の荷物をもって、上司や先輩のいるバーに入った私は、まず父の不甲斐なさを謝罪しました。
お見苦しいところをお見せしましたと。

 

そこはやはり、会社の方々ですから、真っ向から父が批判されるようなことはありませんでした。
「いや、とてもいい式だったよ」

 

しかし、予想外の言葉が続きました。
「お父さんが頑張ってるのが伝わってきたよ」

 

これは完全に私たち主催者側が言わせた言葉です。社交辞令といってもいい。
なぜなら、父は頑張ってこなかったからあのような失態を犯したのです。頑張りが評価されるなんてのは見当違いなのです。
事実、父のスピーチの最中、不穏な空気を読み取り、それが解消されないことがわかると、ゲストから失笑が漏れ聞こえてきていました。嗤笑といってもいい。
あの瞬間、間違いなく父は自らのミスによって失敗したのです。

 

そして後日、実家に帰りついた母と電話で話す機会がありました。
すでに怒りは落ちついていたものの、煮えきらない私は母を糾弾しました。
あれほど練習することを伝えていたのに、なぜ怠けたのか。あの場がどういう意味をもつのかわかっていないのか。

 

母もまた、予想外の言葉を口にしました。
「練習はしていたけど、緊張してしまっていたんだ。人前で話すこともこれまでなかったんだから仕方ないじゃないか」

 

私の怒りは再燃しました。
なぜこれほどまでに甘やかすのか。ひたすら簡単な道だけを歩いてきた父が犯した怠慢による失敗を、未だに擁護しようというのです。
人前で話すことがこれまでなかったからこそ、人一倍練習をつまなければならないだろう。当たり前の話です。

 

まさか親父は王様か? 高貴な人なのか?
だから誰も糾弾しないのか? できないのか?
父のスピーチ中、祖母が顔を覆うようにしてうつむいた真意は?
自分の息子の不甲斐なさを感じたんじゃないのか?
孫に恥をかかせてしまったと震えたんじゃないのか?

 

周りの予想外の反応が私にこの駄文を書かせました。吐き出さなければ怒りがおさまらないのです。
当然、私と付き合いの長い友人たちは父のことを非難していましたが。

 

緊張を理由に許すのであれば

それは努力に裏打ちされていなければなりません。

 

もちろん父もスピーチの練習は多少していたのでしょう。でも結果がすべてでしょう?
どう甘く見積もっても、父のスピーチからは父の努力は読み取れませんでした。
まるで文節で切るように、単語単語を母からささやかれていたんですよ?
これはほとんど暗記すらしていなかったということの証明でしょう。
擁護できません。

 

頭が真っ白になることはあります。緊張しやすい人ならなおさらでしょう。
でも、自分が緊張しやすいかどうか、当然わかりますよね?
緊張しやすいなら、練習するしかないじゃないですか。それで補うしかないじゃないですか。
結婚式当日までの3ヶ月以上の間、父はそれをしなかった。

 

私は一生この思いを忘れることはできません。
義父に申し訳ない。

 

ちなみに

自画自賛のようですが、私のスピーチはうまくいったように思います。それだけ練習していたつもりです。嫁がいない間を見計らって、何度も鏡の前でスピーチしました。笑いが起きた場合は、この一言を入れようかとか、この部分ではこの人の顔を見ようとか、そういったシミュレーションをして臨みました。

 

結婚式が終わり、ゲストを見送る際、私側のゲストだけでなく、新婦側のゲスト、親戚の方々も、スピーチかっこよかったよと肩を叩いてくれました。
そのとき、そばに立つ父はなにを考えていたのでしょう。息子に恥をかかせたと自覚していたんでしょうか。
まさか。そんなことを憂う人間ではありません。
私に一言の謝罪もなく、誰かに思いを打ち明けることもなく、平然と帰っていきました。

 

それが父の背中なのです。

 

 

誤解しないでください。
私は父がスピーチを失敗したことに憤っているわけではありません。
彼がまったく努力をしてこなかった、人生において何も積み上げてこなかったことに憤っているのです。
頭が真っ白になって、言葉がでてこなくなったら、なんとかアドリブで言葉を繋ぐ。「あー、覚えていたことを緊張で忘れてしまいましたが……」で充分。必死に次の言葉を探す。社会人であればそれが当然です。
黙りこむなんてことが許されるのは小学生までなんですよ。愚昧で愚鈍で蒙昧な父よ。

 

結果として結婚式は概ね問題なくとり行われました。
ゲストの皆さんにも楽しんでいただけたと思います。だから私のこの思いなんて取るに足らないことでしょう。
表立って批判するような人はいませんし、結婚式なんて多かれ少なかれトラブルが起きてしまうものだろうと思います。
単に私が個人的に怒りを感じているだけです。誰かが不幸になったわけではありません。それでめでたしめでたしなんです。
この駄文は私のグチにすぎません。

 

幼いころ、父がしきりにいっていた言葉の中に「備えあれば憂いなし」があります。


お前自身が肝に銘じろや!! この甘ったれが!!!

 

あー、許せない!


私の救いは、義父が結婚式を境に私のことを「わが息子」と呼んでくださるようになったことです。

チャンスを生かせる人の話し方

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