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おとぎみち

たまにマジメなおとぎブログ

自分を簡単に見ることができるって怖くない?

ゾッとする話
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技術が進んで、一人一人が常にカメラを持ち歩く時代になりました。
同時に、映像による保存がそこかしこで行なわれ、様々な奇跡や弊害が日々生まれています。

 

でも、簡単に自分の姿を見れる状況って怖くないですか?
動いている自分の姿なんて見たくないと思いませんか?

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鏡に映った自分は、正確ではありませんよね。自分を知っている気にはなりますが左右反対である以上正確ではないのです。
アンケートを取ると、写真に映った自分と鏡に映った自分では、圧倒的に後者の方が好きだと答えるそうです。
見慣れているし、補正しているのです。

 

だから鏡はノーカウント。

 

世代的に、私が私自身を見る機会があったのは、それこそ運動会などのカメラを持ち寄るイベントにおいてのみでした。
それが一昔前までは当たり前でしたし、親が撮った映像を見ることになって初めて自分の本当を知って自己嫌悪に陥るのでした。
自分が動いている映像にはそれぐらい違和感があります。

 

私と同世代かそれ以上の方は誰だって、カセットテープに録音した自分の声を初めて聞いたときの衝撃を覚えているんじゃないでしょうか。
それぐらい自分の本当の姿は、自分が想像する自分とはかけ離れているのです。

 

怖くない?
子どもの時からなんの疑問もなく自分を知るって。

 

そこにギャップを感じなくなってしまうことで失ってしまう何かがあるんじゃない?

 


若者の○○離れが話題になったり、一部ではさとり世代などと呼ばれたりして、とにかく今の若い世代は無欲であるかのように表現されることがありますが、それってもしかして身の程をしっているということなんじゃあ……。

 

バブル世代のような全能感に支配され、自分を大きく見せることだけに命をかけるような貧しい価値観がなくなったのは、まさか自分の矮小さを痛感しているからなんじゃあないかしら。
携帯を裏返せば簡単の覗ける自分は本当にちっぽけな存在で、だから努力なんて無駄、自分の手の届く範囲内で静かに暮らせられればそれでいいと、無意識に感じているんじゃあないかしら。

 

さとり世代は静かに暮らしたい。

 

自分の身の丈を突きつけられ続けてきたから。


あー、ゾッとした!

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