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【書評】自滅する選択

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自滅する選択―先延ばしで後悔しないための新しい経済学

自滅する選択―先延ばしで後悔しないための新しい経済学

 

  「夏休みの宿題を後回しにする人は、
   喫煙・ギャンブル・飲酒の習慣があり、
   借金があって太っている確率が高い!」
                      ――本書カバーより

 

という主張を読んでまずどのような感想を持つだろう。

私は、「最近はやりの相関関係を謳った本なんだな」と思った。
「評論家が訳知り顔で語る、人をステレオタイプに判断するラディカルな物言いに違いない」と。

ある二項の事柄の相関関係を精査する場合、まず第一に行なうことはその相関が擬似相関か否かという検証である。

夏休みの宿題を後回しにしなかった人は、いったいどれぐらいいるんだろう?
後回しにしない方がマイノリティな存在ではないのか?


私は後回しにしなかったことがない。夏休み終了間際にその宿題の多さに絶望し、頭を抱え、必死に時間を超越する術を考えなかった夏休みなどなかった。
時空の歪みを自ら生みだそうとする事、それが正に私の夏休みだったといえる。

そんな私は喫煙もギャンブルも飲酒の習慣もなく、借金などもちろんなければ太っていない。
確率が高い、といわれているだけなので、単に私がその事例からもれているだけとも当然考えられるが、そもそもそれぞれの定義がわからないじゃないか。

本書はこんなキャッチー(?)な煽り文句を冠している時点で失敗といえる。

ベストセラーランキングを賑わせる大学名が入っているだけのいわゆる自己啓発本。その類書に過ぎないという印象を与えてしまっている。

しかし、本書はそんな類書と一線を画す。

筆者の主張のベースとなっているのは近年注目を集めている行動経済学である。

従来の経済学が「合理的な経済活動を行なう選択者(経済人)」を前提にしているのに対し、行動経済学は必ずしも合理的でない選択をしてしまう我々人間の心理的な要因を排除しない。

健康によくない、太るとわかっているのに夜中にラーメンを食べてしまう私の行動も経済学のひとつとして包み込んでくれる学問である。

筆者は、合理的な選択を行なうはずである我々選択者が、時に過食や借金といった長期的に不利益を被るであろう非合理的な意思決定をしてしまうことを「自滅する選択」と呼び、その損失を招く選択に至るメカニズムを解き明かすとともに、自制のための改善策、対応策を提唱している。

短期的な利益を求める自分と長期的な利益を求める自分の、いわば分裂症的な葛藤を行動経済学や心理学の面から分析するという試みである。

タイトルと表紙が秀逸なので、軽い気持ちで本書を手に取ると少し面食らうかもしれない。

自己啓発なんて軽さはなく、限界効用逓減の法則から、アノマリーリカードの中立命題など経済学用語が図表とともに頻出する。

とはいえ、身近な例を挙げながら用語を説明してくれる。あまり身構えなくともすんなり読み進められるのでご安心を。

本書によれば、選択時の葛藤には双曲割引なるバイアスが内在しており、双曲的な人は自滅選択を繰り返すという。

肥満者と債務者の二者間はそれだけでは相関関係を証明できないが、選択者として双曲的であればあるほど長期的にみれば不効用な選択を行なうために、一定の相関を示すのである。

懐疑的に読み進めていた私も、その緻密な考察の前に納得し、ひれ伏した次第であった。

そして、つぶさな検証は、最終章に向けてこれから我々が合理的な選択を行なっていくための自制の手段へと収斂していく。

なぜ後悔するような選択をしてしまうのか、という理屈がわかった上で自らに課す合理的選択者となるための戦略は、まさしくこれからの社会を生き抜く知恵なのである。

経済学に興味がない人も、明日のために、一読推奨です。